アーカイブス
2007年09月17日
好きなテレビ番組に、NHKアーカイブスがある。
日曜の遅い番組なので忘れていることがほとんどだが、
夕べはたまたま観た。
十数年前の老人介護の民間レベルでの取り組みだった。
親父の痴呆は五年ぐらい前からだっただろうか。
顕著になり始めたのが、四年前。
何が起こるか分からず、後追いの毎日だったが、
それでも昨年、特養に入所してからは、
目に見えて元気になり、何より明るくなった。
それを家族みんなで喜んでだ。
六月に亡くなった時も、
出来る限りのことはしたという思いから、
後悔は感じなかった。
番組を観て、在宅で介護していた時のことを思い出し、
私たちがやってきたこと、言ってきたこと、特養での暮らしのこと、
私たちが良かれと思いやってきたことなのだが、
本当の親父の気持ちは違う所にあるのではないかと思い至り、
涙が止まらなかった。
親父の言うことに、真正面から真剣に聞いてやったことはあったのだろうか?
いくら痴呆が進んでいたとはいえ、本人の意思はあって、
私たちはそれを無き物にしてやってこなかっただろうか?
親父の気持ちを考えると、どうにも涙が止まらなかった。
日曜の遅い番組なので忘れていることがほとんどだが、
夕べはたまたま観た。
十数年前の老人介護の民間レベルでの取り組みだった。
親父の痴呆は五年ぐらい前からだっただろうか。
顕著になり始めたのが、四年前。
何が起こるか分からず、後追いの毎日だったが、
それでも昨年、特養に入所してからは、
目に見えて元気になり、何より明るくなった。
それを家族みんなで喜んでだ。
六月に亡くなった時も、
出来る限りのことはしたという思いから、
後悔は感じなかった。
番組を観て、在宅で介護していた時のことを思い出し、
私たちがやってきたこと、言ってきたこと、特養での暮らしのこと、
私たちが良かれと思いやってきたことなのだが、
本当の親父の気持ちは違う所にあるのではないかと思い至り、
涙が止まらなかった。
親父の言うことに、真正面から真剣に聞いてやったことはあったのだろうか?
いくら痴呆が進んでいたとはいえ、本人の意思はあって、
私たちはそれを無き物にしてやってこなかっただろうか?
親父の気持ちを考えると、どうにも涙が止まらなかった。
Posted by ばぶ at 23:29│Comments(4)
この記事へのコメント
NHKのアーカイブスは時々、確か日曜日の夜遅く
でしたね、考えさせられる番組がありました。
中には録画したものもあります。
お父上の介護の思い出は、きっと心に残るものが
あったのでしょう
私の母も7年前になりますが、時々かみさんと思い出します
それほどひどい状況ではありませんが、それでも歳が歳だけに
厄介はかけましたが、たくさんの想い出があり
2人の娘たちにはよい影響がありました
精一杯のことをやれば、それはそれでいいのではないでしょうか?
でしたね、考えさせられる番組がありました。
中には録画したものもあります。
お父上の介護の思い出は、きっと心に残るものが
あったのでしょう
私の母も7年前になりますが、時々かみさんと思い出します
それほどひどい状況ではありませんが、それでも歳が歳だけに
厄介はかけましたが、たくさんの想い出があり
2人の娘たちにはよい影響がありました
精一杯のことをやれば、それはそれでいいのではないでしょうか?
Posted by 髭 at 2007年09月18日 16:04
髭さん
ありがとうございます。
一生懸命でした。
全てが初めてでわからないことばかり。
手探りで模索して、悩みながらの毎日でした。
そして父は、私が誰か判らなくなっても、
私を育ててくれました。
二人の子供は、痴呆になってしまった父を嫌っていましたが、
子供たちにとって優しい父が、あまりのスピードで変化していくのに、
戸惑っているようでした。
しかし子供達にはいい経験だったようで、
父の死を経て一段と優しくなったと感じます。
父には感謝の言葉しかありません。尊敬しています。
ありがとうございます。
一生懸命でした。
全てが初めてでわからないことばかり。
手探りで模索して、悩みながらの毎日でした。
そして父は、私が誰か判らなくなっても、
私を育ててくれました。
二人の子供は、痴呆になってしまった父を嫌っていましたが、
子供たちにとって優しい父が、あまりのスピードで変化していくのに、
戸惑っているようでした。
しかし子供達にはいい経験だったようで、
父の死を経て一段と優しくなったと感じます。
父には感謝の言葉しかありません。尊敬しています。
Posted by ばぶ at 2007年09月18日 22:07
頭では解っていても、おそらく、
痴呆介護を経験しなければ、ばぶさんと
同じ思いには立てないでしょうね。
大変だったのでしょうね・・・。
私の母は、あまり自分の意思がなくて、
周りからの言葉に協調するような人でしたから、
ばぶさんと同じように、
あれでよかったのだろうかと、しばらく悩みました。
気管切開、人工呼吸器などの、
選択肢は、他にもありましたからね。
果たして、あれで良かったのだろうか・・・?
突然旅立った父に対してもそうです。
ちゃんと向き合って話しをしてきただろうか・・・?
時の流れが、少しずつ、そんな疑問を解いていってくれます。
時の流れに、思考を任せていくしかないと思うのです。
痴呆介護を経験しなければ、ばぶさんと
同じ思いには立てないでしょうね。
大変だったのでしょうね・・・。
私の母は、あまり自分の意思がなくて、
周りからの言葉に協調するような人でしたから、
ばぶさんと同じように、
あれでよかったのだろうかと、しばらく悩みました。
気管切開、人工呼吸器などの、
選択肢は、他にもありましたからね。
果たして、あれで良かったのだろうか・・・?
突然旅立った父に対してもそうです。
ちゃんと向き合って話しをしてきただろうか・・・?
時の流れが、少しずつ、そんな疑問を解いていってくれます。
時の流れに、思考を任せていくしかないと思うのです。
Posted by paw at 2007年09月21日 12:45
親父の痴呆は、ある時期を過ぎた時から、
笑っていられなくなりました。
予期せぬことが次々と、時を知らせることもなく、
突然訪れました。苦しかったですね。
自分の器の小ささを思い知らされました。
それが一番苦しかったです。
こういったものに答えはないと思います。
時は無常にも過ぎ去っていきます。
時にそれは、気付かぬうちに心に、
その答えを運んできます。
時は、過ぎ去り続けますね・・・
笑っていられなくなりました。
予期せぬことが次々と、時を知らせることもなく、
突然訪れました。苦しかったですね。
自分の器の小ささを思い知らされました。
それが一番苦しかったです。
こういったものに答えはないと思います。
時は無常にも過ぎ去っていきます。
時にそれは、気付かぬうちに心に、
その答えを運んできます。
時は、過ぎ去り続けますね・・・
Posted by ばぶ
at 2007年09月22日 20:58
